「衣笠祥雄は、なぜ監督になれないのか?」のタイトルを変更しました。


by kinugasakantoku

永川投手へのエール

千葉 000010140  6
広島 100300001  5
 勝 松永 2勝1敗
 敗 永川勝 1勝2敗
 S 西野 1敗13セープ

前回「永川劇場」が終幕したと書いた途端、カーテンコールでふたたび主役が登場して劇場が再演になってしまった。
困ったものです。

衣笠祥雄氏や、このブログのこともすこしは考えてほしいもんだ、と小言のひとつもいいたくなります。

しかしまあ、こんなこともありますって。
打者なんかは7割失敗しているんですから、一度や二度の失敗は大目に見てあげようではないか。
今シーズン、彼がいなければとうに首位は陥落していたのだから。

ここであらためていっておきたい。
永川投手よ、自信をもって投げてくれ。

「弱気は最大の敵」だ。
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# by kinugasakantoku | 2014-05-29 09:59 | きょうのカープ
西武 0100100000  2
広島 200000301X  6
 勝 中田 3勝
 敗 藤原 1敗

5対2と3点リードの8回に登板した永川投手が三者凡退でつないだ裏に1点を追加したカープが、いいかたちで試合を制した。

地元三次での公式戦初登板となった永川投手。
申し分のない投球について「自分の仕事を果たそうと思って投げた」と、淡々とコメンしていた。
とくに意識はしないように努めていたということのようだが、やはり普段とはちがう感慨がわいたことだろう。

永川投手は、長く不振にあえいでいた。
トップ評価の自由獲得枠でカープに入団したものの、先発ではいい結果を出せず、中継ぎに転向。それが水にあったのか徐々に才能が開花して絶対のクローザーの地位を確立し、2008年には球団最高年俸選手となっていた。

誰だったか、彼のフォークボールを初めて見た打者が、あきれたような苦笑いを浮かべていたシーンは、いまでも目にやきついている。
そのフォークボールの握りが撮りたくて、福山市民球場のブルペンの上から何度もシャッターを押していた日が、ついこの間のことのようだ。
それほど彼のフォークは絶品だった。

しかし、その2008年がピークだった。
肩の故障やケガに襲われ、技術的には制球難という課題を抱えていた彼のピッチングは不安定になり、それにともなってフォームも再々変わっていった。
いいボールを持ちながら、タフなからだを持ちながらの低迷。要は自信の問題だったようだ。

そのことは本人もわかっていいただろうし、首脳陣も理解していたことだろう。
しかしその原因はずっと解消されることはなかった。

その彼が、去年から突如として中継ぎで復活した。低迷していたころの迷いが消え、プレートさばきに自信がよみがえって来たように見える。

きっかけとなったのは、去年の春のキャンプでのことだったにちがいない。
あのとき衣笠祥雄氏が永川投手にアドバイスをした、という新聞の写真は永川投手の復活を予感させるにじゅうぶんなインパクトを与えるものだった。

コート姿の衣笠氏が熱心にアドバイスする。それを不動の姿勢で聞いている永川投手。
記事にそえられた写真からは、ふたりの間に通じる信頼、尊敬、慈愛、そんなものがあふれていた。

日南の天福球場を訪れた衣笠氏は、真っ先にブルペンにおもむいて、永川投手に声をかけていた。
ずっと心配しながら不振の永川投手を見守っていたという衣笠氏は、「いいボールを持っているのだから、自信を持って投げたらいい」
そう声をかけていたという。

「自信を持って投げればいい」
その衣笠氏のひとことが、永久凍土のようにカチンカチンに固まっていた永川投手の迷いを魔法のように氷解してしまった。

前年には不振で一軍での登板が1試合もなかったほどに追い込まれていた永川投手は、オープン戦で8試合無失点の好投を見せ、とうとう自力で一軍のきっぷを手に入れた。そして中継ぎで安定した投球をつづけている。

まず完璧には抑えない。ランナーをためてはファンをはらはらさせた「永川劇場」は、残念ながら幕を閉じた。
いまではファンには“退屈”な、安定した投球を見せている。

あの衣笠氏のキャンプでのアドバイスの件は、カープのぬるま湯に一石を投じることになった。
その翌日だったと記憶するが、野村監督も永川投手に歩み寄って同様の発言をしことが報道されていた。

何年も指揮官として永川投手を見ていながら、というよりも彼から自信を奪った張本人でもある当人が、みずからの不覚を知ってか知らずか、衣笠氏の後追いをしていた。
そこには“永川覚醒”の手柄をわがものにしようとしているあさましさのようなものも感じられた。

衣笠余波は、今年の阪神タイガースのキャンプにも及んでいた。
衣笠氏と永川投手との間で交わされた指導風景。それと同じような光景がここでも目撃されていた。
現役引退したばかりの前田智徳氏がグラウンドを訪れて、新井貴浩選手にバッティングのアドバイスをしていたというのだ。

前田氏は、前年に不調だった新井選手のバッティングが気になっていて、直接アドバイスに及んだということだった。
それは衣笠氏の永川投手指導の動機と同じだった。

新聞記事には、やはりそのときの写真がそえられていた。
熱心にバッティングを語る前田氏と、それを拝聴する新井選手のツーショット。しかしそれは、衣笠氏のものとはかなり様相が異なっていた。

前田氏と新井選手との間には、残念ながら信頼、尊敬、慈愛、そんなものが通っているようには見えなかった。
どちらかといえばフリーズしたような印象で、前田氏の直接指導に新井選手は戸惑い、当惑しているようにさえ見えた。

前田氏の新井選手への指導。
それが前田智徳氏と新井貴浩選手との間にあったといわれる確執の“雪解け”を演出するシーンとして意図してなされた、そんな印象さえおぼえてしまうような記事だった。

素顔は別として、現役時代は自分を追い込むために前田氏は「孤高のサムライ」のような、人を寄せ付けない独特のオーラを放っていた。
衣笠氏はといえば、群れることをきらう自分の世界を持ちながら、ウエルカムオーラをまとっていた。
そのふたりが、まったく異なるプロ野球人となったのは必然のことだった。

いま一部では、前田智徳氏をカープ監督にと待望する声も少なくない。
本人は柄ではないと色気はないようだが、その声が大きくなり球団サイド、ことにオーナーからの要請があれば受ける可能性は低くはないだろう。

そうなれば、いままでにはなかったタイプの監督を私たちファンは見ることになるはずだ。
それを支持するしないは別にして、興味をそそられる「たら」「れば」の妄想もわいてくる。

そんなことを思う一方で、先のような“魔法のことば”を持っている衣笠氏を監督に迎えていないカープ球団のトップの怠慢と独善に、あらためて憤懣と疑義がわいてもくる。

衣笠幸雄氏には独特のオーラのようなものがある。彼に会ったものが異口同音に認めることだ。
そのオーラがことばとなって、相手の血肉に理屈ぬきで彼のおもいが伝わるのだろう。

バッティングも守備も、グラウンド上での技術は努力によってまちがいなく向上する。
しかし、このオーラというサムシングは努力によってどうにかなるようなものではない。その人間の持って生まれた資質にもよる。

200勝することと20人の選手を束ねることはまったく別次元の資質だし、2000本のヒットを打った打者のことばが選手個々の胸を打つわけでもない。

将たる器というものは、生来のものとして厳然としてあるにちがいない。

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# by kinugasakantoku | 2014-05-27 12:04 | きょうのカープ
西武 0001000000  1
広島 000200010X  3
 勝  バリントン 6勝4敗
 S 一岡 1勝1セーブ
 敗 十亀 2勝3敗3セーブ

連敗を脱出するときは、こんな試合運びになるというか、こんな展開でしか勝ちは拾えない。きのうの試合は、そんな象徴的なゲームだったようだ。

好機はつかむもののタイムリーは出ず、ホームランでしか得点できない。
しかも伏兵の白浜のプロ初本塁打という、予想外の椿事。
こんなおもわぬヒーローでもあらわれないかぎり、泥沼からぬけだすことは難しいということだろう。

それにしても白浜捕手、11年目の初ホームランとは目出たい。
入団時すでに技術は身につけていたといわれる前田智徳氏とは対照的に、宮崎キャンプでトスバッティングを空振りしていた光景が、悪夢のようにいまだに目に焼き付いているからか、彼のホームランはひとしお感慨深い。

最近、あるブログで歴代選手のホームラン記録を連載していて、これがなかなか面白い。
最近はたてつづけに大投手がアップされていて、それによると金田正一投手は38本、米田哲也投手は33本の通算本塁打を記録していた。

ちなみにチームの大先輩にあたる小さな大投手、長谷川良平投手はルーキーシーズンにすでにスタンドインを達成し、生涯4本のホームランを記録している。

白浜捕手には、まずこのこの数字を目標にはげんでいただけたらとおもう。

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堀 治喜 / ブックマン社


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# by kinugasakantoku | 2014-05-26 10:19 | きょうのカープ
広島 0100000000  1
オリ 1205000000  8
 勝 マエストリ
 敗 大瀬良

大瀬良投手をもってしても、カープの連敗は阻止できなかった。
「新人投手がもっているなにか」という抽象的なものに期待して勝てるほどプロ野球は甘くない、それをあらためて痛感させられた。

久しぶりに中継で観戦したが、交流戦に入って出鼻をくじかれたチームの焦りからか、バタついている観はいなめなかった。
カープはルーキーの大瀬良投手に試合をすべて託してしまったようで、マウンド上でひとり孤軍奮闘する彼が痛々しくみえた。

森脇監督はゲームの流れを読んで今シーズン初先発の八木投手を2回途中で見切った。逃げに入ってしまった「弱気」をみたからだろう。
その采配は見事に当たってゲームが崩れない前に、しっかりと立て直すことができた。

しかしカープは孤塁を守る大瀬良投手をひとりマウンドに置き去りにしてしまって、彼もチームもなすすべもなく沈んでいってしまった印象だ。

じわじわと押し寄せるプレッシャーを感じていた大瀬良投手に、八木投手と同じように知らず知らずに「弱気」が顔をのぞかせてしまったのだろう、かわそうという変化球主体の投球に気迫は感じられなかった。

かつて逃げの投球から手痛い敗戦を喫した津田恒美が「弱気は最大の敵」と肝に銘じるようになったように、彼の背番号「14」を受け継いだ大瀬良投手も今日の経験からあらためてこのことばをかみしめていることだろう。

それにしても、情けない試合だった。
今日のようなゲームに備えてロングリリーフが出来る投手を用意しているバファローズ。またそんなケースにためらうことなく起用した森脇監督。

それに対して、ルーキー投手にすべてを託して何の対策も講じなかったカープ。ピンチになればコーチ、選手がマウンドに集まっていたバファローズに対して、カープのほうにそんなうるわしい光景を目にすることはなかった。

「勝つ」ためになにをすべきかを共有して闘っているチームと、ただ漫然と「負けられない」とグラウンドに出ていたようなカープ。ひとことでいえば成熟した大人のチームと未熟な子供が同じグラウンドで野球をしている、そんな印象すら抱いてしまった。
きょうの試合に限っていえば、それほど両チームのあり様はちがって見えた。

森脇監督はいよいよ将たる風格を備えてきた。ヘッドコーチから監督らしい監督になった。
もともとの美丈夫がベンチで腕組みして采配をふるう姿は、ほれぼれするようだ。
いずれ監督から名将へと、形容が変わる日も近いだろう。

それにひきくらべ、と書くのはここでは敢えて控えておこう。

この有能な指揮官の元に「森脇バファローズ」がしだいに強固なものとなりつつある。
ゲームの流れのなかで起用される選手がぴったりの適役で、彼の用兵には出来のいい芝居を観劇しているような心地よささえある。

野村監督のカープはといえば、選手個々の力量頼りのパッチワークのようなチームから、いつまでたっても脱却できないでいる。
調子のいい選手で打線を出し入れし、四球を出さないピッチャーで投手陣を固める。場当たり的な用兵と采配は十年一日のごとしだ。

打線がしめっているからといってクリンアップに打てる外人を3人並べて見せたきょうの用兵などは、その最たるものだろう。
「野村カープ」というチーム像が、いつまでも見えてこない。

先の投稿で、今年のカープは交流戦でも大崩れはしないだろうと書いたばかりだが、その観測が怪しくなってきたことを認めざるを得ない。

あらためてここに訂正して、カープのことをいえた義理ではないわが身の未熟をお詫びしておきたい。

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堀 治喜 / ブックマン社


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# by kinugasakantoku | 2014-05-24 17:35 | きょうのカープ
ことしのカープは、いつになく好調だ。

鯉のぼりの季節はとうに過ぎているにもかかわらず、例年のように下位に低迷するどころか首位をキープしている。
若い選手がはつらつとグラウンドで投げ打ち走っている姿とあいまって、リーグ成績の高みをすいすい気持ち良さそうに泳いでいる鯉が目に浮かんでくるようだ。

きのう交流戦に入って、いきなりパ・リーグ2位のソフトバンクホークスに手痛い黒星を喫して、またお約束のように交流戦で失速か、と気をもんでいるファンもすくなくないだろうが、たぶん大負けするようなことはないだろう。

やはりチーム力が、格段にアップしている。
きょねんシーズン途中に補強したキラが大当たりで、ふにゃふにゃだった打線に、ずっこんと大きな柱がとおった。

そのキラの加入によって精神的に解放されたのだろう、エルドレッドが覚醒して破格の爆発力と想定外の安定感をみせている。

ブンブンと気持ちいいようにバッターボックスで素振りをしていたのが嘘のように、ことしのエルドレッドにはスキがない。素人目にもタメができて、どんなタマにも対応できている。
ヒゲで顔を隠して別人がボックスに入ってるんじゃないのか。そんなマンガみたいなことを、ついおもってしまったほどの変貌ぶりだ。

菊池や丸、ついでに堂林といった若手が、タナボタのCS出場とはいえ、はじめてプレイオフを闘ったことで自信をつけたことも大きい。

勝率5割をきったAクラスで、本当にチーム力があったわけではないが、過信も自信のうちだ。勘違いしたまま好結果をつづければ本物の自信にならないこともないだろう。

投手力はもともと安定していたところに、即戦力の大瀬良、久里の両投手が加わって、さらに厚みがました。
ローテーションの谷間をどう埋めるかに課題はあるようだが、どのチームも投手の力量に差がある以上は谷間は生まれるわけで、それはやりくりの問題だろう。

そんなこんなで、めでたくチーム力が強化されたカープ。
それが現在の快進撃を支えている。

とまあ、そんなことはだれもが知っていることだし、どこにでもあふれているお説だろう。

しかし、これまであげたことだけが快進撃の原因かといえば、そうではないだろう。
抽象的な「自信」のほかに、何か要因があるはずだ。

チームの好不調には、チームの意識、選手個々の気持ちの問題がすくなからずかかわっている。というよりも、実はそれがもっとも大きなファクターといってもいいだろう。

選手たちが自信をつけた。それが練習の意識を変え、技術に大きく反映し、グラウンドでのプレイを変えた…
その自信がクライマックスシリーズを闘って得たものということに疑いはない。

情けないとはいえ「クライマックスシリーズで闘うこと」が目標だった低迷チームが、その目的を達して得た自信は大きい。

しかしもうひとつ見落としてはならないのが、じつは「前田智徳の引退」ではないのだろうか。
そこにもフオーカスしてみる必要がある。
いままで縷々チーム力の変化を述べたが、カープの今年の一番の変化は「前田智徳がベンチにいなくなった」ということなのだから。

長きに渡ってカープの顔であり、主軸であり、カリスマであった前田智徳。その存在感は別格だった。
その彼がいなくなってベンチの意識が変わらないわけがない。

妙ないいかただが「前田智徳が不在となったことによる自信」。それがいまのカープのベンチにはあるのではないだろうか。

おもえば、CS出場を決めたペナントレースに前田はいなかった。前田が尺骨を骨折して戦列を離脱してからカープの快進撃がはじまり、彼がいないままカープは16年ぶりのAクラスを決めていた。

「前田さんがいなくても、ぼくたちはCSに出場できた」
選手がいう自信には、無意識だろうがこんなニュアンスもあるのだろう。

あの前田智徳がベンチにいるだけで、選手たちはプレッシャーを感じていたはずだ。
どんなヒットを打とうが、どんな結果を出そうが“天才前田”からみれば稚拙なバッティングにしか見えなかっただろう。
前田本人がそんなことはおもわなくても、当人がそう邪推してしまう。

彼の存在自体が無言で「お前たちは、まだまだじゃ」といっているようなものだった。
そんな緊張感から解放されて選手たちは今はつらつと、自信をもってプレイしているのだろう。

チームの成績と、自分の存在とが必ずしも結びつかない。
自分が好調でもチームは低迷し、チームが好調なときに自分はチームにいない。そんな運命を前田本人は「めぐりあわせ」だといっていた。

とすれば、今の好調カープを前田本人は複雑な思いで見ているのではないだろうか。

下に前田が在籍した間のカープの成績を列挙してみる。その右欄には主なケガをあげた。

ざっとご覧になればおわかりのように、入団2年目にリーグ優勝しているものの、前田が主力として成長していくのと反比例するようにチームは低迷期に入っている。

また彼が長期に離脱しているときに成績があがるという傾向もみてとれる。
もちろんチームの成績が、ひとりの選手によって決まるわけではないが、前田本人が述懐していたように「めぐりあわせ」がないわけではないだろう。

 年 順位 監 督   試合 勝 敗 分 勝率  
1990 2  山本浩二  132 66 64 2 .508   
1991 1  山本浩二  132 74 56 2 .569 
1992 4  山本浩二  130 66 64 0 .508 
1993 6  山本浩二  131 53 77 1 .408 
1994 3  三村敏之  130 66 64 0 .508  
1995 2  三村敏之  131 74 56 1 .569 右アキレス腱断裂で長期離脱 
1996 3  三村敏之  130 71 59 0 .546
1997 3  三村敏之  135 66 69 0 .489 
1998 5  三村敏之  135 60 75 0 .444
1999 5  達川晃豊  135 57 78 0 .422
2000 5  達川晃豊  135 65 70 1 .481 左足アキレス腱の腱鞘滑膜切除手術
2001 4  山本浩二  140 68 65 7 .511  
2002 5  山本浩二  140 64 72 4 .471  
2003 5  山本浩二  140 67 71 2 .486  
2004 5  山本浩二  138 60 77 1 .438  
2005 6  山本浩二  146 58 84 4 .408  
2006 5  ブラウン  146 62 79 5 .440 
2007 5  ブラウン  144 60 82 2 .423
2008 4  ブラウン  144 69 70 5 .496
2009 5  ブラウン  144 65 75 4 .464
2010 5  野村謙二郎 144 58 84 2 .408
2011 5  野村謙二郎 144 60 76 8  .441
2012 4  野村謙二郎 144 61 71 12 .462
2013 3  野村謙二郎 144 69 72 3  .489 左尺骨骨折

皮肉なことに前田という天才バッターが戦線に加わってから、カープはずっと戦果を出すことができなかった。不運なことに、彼の在籍年とカープの低迷期はほぼ重なっていたことになる。

彼の好不調に一喜一憂していうちに、チームはじりじりと成績を落として下位に沈んでいた。
ファンが、神がかりともいえる前田のバッティングに目を奪われている間、カープはずっと低迷していたのだった。

ファンは前田智徳という希代のバッターを得たかわりに、チームの低迷に甘んじなければならなかった。
そして、それはカープという球団の体質がもたらした結果でもあった…

そのことは、機会があればまた論じてみたい。

前田智徳 天才の証明

堀 治喜 / ブックマン社


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# by kinugasakantoku | 2014-05-21 07:29 | きょうのカープ